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第五章 私はあなたを選ばない

Autor: 相沢蒼依
last update Fecha de publicación: 2026-09-06 10:30:07

 待合室に、張りつめた空気が流れる。

「その子は堕ろしなさい」

 美佐子の冷たい言葉が、静かな空間に響いた。

 澪はゆっくりと息を吸い込み、手に持っていた検査結果を広げる。

「残念でしたね」

 紙を美佐子の前へ突き出した。

「私は妊娠していません」

 美佐子は怪訝そうに、検査結果へ目を落とす。

【妊娠反応 陰性】

 その文字を確認した瞬間、表情が険しくなった。

「……紛らわしいことを」

「紛らわしいのは、お義母さんです」

 澪は静かに言葉を続ける。

「私は智也さんの子どもなんて、最初から産みたくありません」

 美佐子の顔が、怒りで赤く染まった。

「あなた……!」

 今にも平手打ちをしそうな勢いだったが、その手は途中で止まる。

 まだ息子に、離婚を迫ったことを話していない。ここで騒げば、知られてしまう。

 美佐子は奥歯を噛み締め、睨みつけるだけ睨みつけると踵を返した。

「覚えていなさい」

 その背中を、澪は無表情で見送る。不思議なほど、胸は静かだった。

 病院を出ると、スマートフォンが震えた。研究所の上司からメールだった。

『体調不良なら無理をしなくていい。今日は休養を優先してくれ。
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  • 妻の100万円の願いは拒否、初恋相手には5000万円⁉ 離婚後の天才妻は御曹司に溺愛される   第四十二章 明らかになった代償

    *** 研究所でも、調査結果が共有された。 研究員の松本によるデータの持ち出しと、その情報が外部へ流れた経路。様々なルーツを辿って御子柴智也に渡り、入札で利用された数字との一致。 これまで積み重ねられてきた記録がつながり、情報漏洩事件の全容が、ようやく明らかになった。 澪は報告を聞き終えると、静かに資料を閉じた。そばにいた担当者は、安堵のため息を吐いてから口を開く。「これで、流出した情報の経路はすべて特定できたんですね」 「ええ。もちろん、再発防止のための対応は必要だけれど、今回の件については、ようやく全体像が見えたわ」 担当者の言葉に、澪は小さく頷いた。 長い調査だった。 自分の研究が不正に持ち出され、関係のない会社の入札にまで利用された。研究所の人間として、決して看過できることではなかった。 けれど調査を終えた今、澪の中に残っているのは、怒りだけではない。 自分が守るべきものは何か。 何を明らかにし、何を次につなげるべきなのか。 その答えを、改めて考える機会にもなった。「今回の件を踏まえて、データの管理体制を見直します。アクセス権限の再設定に加えて、外部への情報共有手順も変更する予定です」 「そうですね。大切なデータを扱う以上、同じことを繰り返さない仕組みが必要だと思います」 澪は、研究所の担当者と今後の対策について確認した。 特定の人間の注意だけに頼るのではなく、誰が扱っても、適切な手順を踏まなければ重要な情報を持ち出せないようにする。 今回の事件を、ただの失敗で終わらせないために。 それもまた、研究に携わる者として必要な仕事だった。 *** 数日後、智也は会社としての対応を進めていた。 情報の入手経路を確認し、入札における判断の経緯を整理する。関係者への聞き取りを行い、必要な説明と再発防止策を検討する。 会社を守るためにも、問題を曖昧にしたまま終わらせることはできなかった。 そして琴葉の関与についても、事実に基づいて整理する必要があった。「私は、智也さんに伝えていません。本当に、それだけなんです」 琴葉は、何度も同じ説明を繰り返した。「山下さんから頼まれただけで、情報が不正に持ち出されたなんて知りませんでした」 「お前が直接、情報を渡していないことは分かっている。俺は聞いていないからな」 智也は

  • 妻の100万円の願いは拒否、初恋相手には5000万円⁉ 離婚後の天才妻は御曹司に溺愛される   第四十一章 消せない記録2

    智也は、目の前の彼女を見た。 琴葉は、納得できないという顔で彼を見返している。「……智也さん。私のこと、信じてくれないんですか?」 その問いかけに、いつもの甘えるような響きはなかった。それは責めるような、追い詰められた声だった。 以前なら彼女の不安を取り除くために、何かしらの言葉をかけていたかもしれない。 大丈夫だと。お前を信じていると。 けれど、今はその言葉が出てこなかった。 信じるかどうかを決める前に、確認しなければならないことがある。それを怠った結果、会社は今、重大な問題に直面している。 そして自分は確かな根拠がないまま、琴葉の言葉を受け入れようとしていた。「信じる、信じないの話にするな。今は事実を確認している」 「……それって、私を疑っているということですよね?」 「疑うために調べているんじゃない。何があったのかを明らかにするためだ」 自分の口から出た言葉に、智也はまた澪の姿を思い出した。 彼女も同じように言っていた。 誰かを疑うためではなく、事実を明らかにするため。感情で決めつけず、確認できたことだけを積み重ねていく。 以前の澪なら智也が困っていれば、まず話を聞いてくれた。彼の立場を考え、どうすれば問題を解決できるか、一緒になって考えてくれた。 今は違う。 彼女は、必要以上に彼のために動かない。 自分の仕事と、会社が負うべき責任を切り分けていた。その距離が、今になって少しずつ理解できる気がした。「智也さん……私、本当に、こんなことになるとは思っていなかったんです」 琴葉の声が、少し弱くなった。「山下さんから言われた数字を伝えようとしただけで、会社に迷惑をかけるつもりなんてなかった。ただ、智也さんの役に立ちたかったんです」 役に立ちたかった。 その言葉を聞いても、智也の気持ちは動かなかった。 彼女が何を考えていたのかは、これから確認する必要がある。善意だったのか、打算があったのか、それとも別の事情があったのか。 今の段階では、どれも断定できない。 ただ一つ、はっきりしていることがあった。気持ちがどうであれ、結果は消えない。「琴葉、このメッセージの履歴は、絶対に消すな。山下とのやり取りも、今回の情報に関係する連絡も、すべて保存しておけ」 「……分かりました」 「会社の調査担当から連絡があったら、見せ

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